第2章 カルマ、傭兵を雇う 

 

第4節 対戦その後


「やってくれましたね」
「何が」
「演技で引っかけるなんて、ひどいじゃないですか」
そういった青年は、しかし怒っている様子はなかった。
「最初に引っかけてきたのはそっちだしな。お互い様だろ?」
「まぁ、そうですけど」
第1戦目、カルマの手札をさらさせたのは青年の不敵な笑みであった。
ただ、勝手に使ったと言われればそこまでなのだが、青年はそのことについては何も言わなかった。
「それにしても最初のため息。あれで勝ったなと思いましたよ。今まで動きと呪符に嘘はなかったですからね」
たしかに、カルマの動作に明らかなあやしい動きというものは無かった。
あるとするなら最後だけだ。
──よく見ている。
さらりと言ってのけた青年の台詞に、カルマは少し感心した。
「最後にああいったぎりぎりになるのはその前のターンでわかってたからな」
「前のターンって言うと、あまたの生け贄がでてきたターンですね」
「そうそう。そこまでは何も嘘はやってなかったんだけどな。俺の行動を逐一言ってくるもんだから、逆にブラフではめてやろうと考えついたわけ」
引いた呪符すら、その全てではないにしても、どの程度のものか予想してくる青年に対し、ブラフでその読みを狂わせる。
その思考が素直であればあるほどブラフは効果が上がり、青年は基本に忠実に読みを展開していたわけである。
「まぁ、だますやつほどだまされると言うことかもな」
「でも、次は今回のようにはいきませんよ」
「だろうな」
素直に認める。

「もしもあそこで沼を持ってきていなかったらどうするつもりだったんですか?」
「ああ、そのときは息をのんで、静かに場を見回しただろうな。あまたの生け贄を引いたときにしたのと同じ行動をとっていたと思うよ。そのあとで引いてないふうに装ったかな。で、抹殺者にダメージをあたえたら絶対に目を逸らさなかったね」
「つまり、今回と逆の行動ですか」
「そう。 今回はそういうブラフは何もしてなかったから。下手に演技くさくしてもばれるかもしれないと考えていたわけ」
カルマはそういったが、これは半分本当でで半分嘘である。
演技を装ってもばれるかもしれないとは思っていたが、果たして沼を持ってこなかったときにそのまま逆の行動をとったかどうかまではわからない。
ブラフはそのときそのときで最高の行動というものが変化する。
それは相手や状況によるものであることが多いが、カルマがそれすらも使い分けられるようになるにはまだまだ修行がたりない。

「まぁ、相手の行動をみるときには癖を見つけることだな」
「癖?」
「ブラフには裏表がある。つまり、人間の意識が大きく影響を与えている。それとは逆に、本人も気づかないうちにしてしまう行動がある。それが癖だ」
「・・・」
「意識していないから防ぎようがない。それどころか読まれていることを気づいていない場合も多い。だから逆手に取られることも少ない」
「・・・」
「まずは土台となる相手の癖を見つけて、その土台の上でブラフかどうかの判断をする。さらにそこで自分のブラフを織り込んで行くのが効果的だな」
「たとえば、カルマさんが話すときには、ちょっと首を傾げるとか。そういうものですか?」
「え?」
「あれ?気がついてなかったんですか?」
呆然とする。

ぷふっ
突然青年が吹き出した。
「嘘ですよ。そんな簡単にみつかりませんって」
そういってさらに笑う。
──まったく。やってくれる。
どうやら精神戦ではこの青年に明らかな分があるようであり、それはカルマも素直に認めるところだった。

「それにしても、何で山が入っていたんだ?」
カルマが今回の対戦の疑問を口にする。
色を散らすからには必ずその色の呪符があるはず。
そう考えていた。
「ああ、これを使いたかったんですよ」
呪文書の中から1枚とりだして見せてくれる。
<焼尽の風>
疫病風と並ぶ、大呪文である。
赤の瞬間呪文の中では最大のダメージを誇るそれは、初期生命力の半分をもぎ取っていく。
「もちろん<猛火>も何枚か入っていますけどね。実際、最後に持ってきたのは<猛火>ですし」
「じゃ、抹殺者を見殺しにして<山>を引いていれば俺の負けだった訳か」
「そうですね。でもどうせ次のは・・・」
そういって青年がめくった次の呪符。それは、<山>だった。
「・・・」
「・・・」
「まったく、若い奴の引きにはあきれるよ」
「なんだか、見なきゃ良かったなぁ」
2人は顔を見合わせ、そして笑った。
最後のブラフ。
それが今回の勝利を呼び込む原動力となった訳である。

言うなれば今回はだましだまされるそんな対戦であった。
だが、不思議といやな感じはしなかった。
それは相手がこの青年であったからであるかもしれないし、また、あまりにも陰険なだましあいであった訳でもないからであろう。
ただし、やはりブラフで勝負の行方が左右される。
その一例となる対戦であることに代わりはなく、それはまた、カルマと青年にとっても得難い貴重な対戦であった。


 


夜。
屋敷の地下図書館で、『本』がわずかに、誰にも知られることなく静かにふるえた。
魔法円はおろか、そのまわりには誰も居ない。
だが、確かに『本』は、ただたゆたっているとは明らかに違う動きを示したのである。

動きはすぐに収まり、すぐにまたいつものようにわずかな上下を──息づくように──繰り返し始めた。
淡く輝く魔法円の中で、『本』はその力を蓄えたままいつものようにそこにあり続けた。

何も変わることはない。今まで通りである。
何か変わったことがあるとすれば、そう・・・言葉で表すことはできないほどの微妙な雰囲気。
常に『本』とともにあり、それに注意しているものでなければ気がつかないほどの違い。

だが、かすかとはいえそれは確かに変化であった。

 


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