広大な電脳世界のどこか、あまり知られていないところに屋敷が建っている。
外観は砦風。
高い塀に囲まれて見た目は物々しいが、一歩外門をくぐって中に入ってしまえばそんなことは無いことがわかる。いたって普通の屋敷だ。
この屋敷、その半分を図書館、もう半分を居住区としている。
蔵書の量も大したことがないし、街から離れたところにあるために来客は多くはないが、もともとそういったものを期待して開いている訳ではない。
この屋敷の本当の目的は別にある。
つまり『本』の守護──。
『本』と形容されるそれは知識の集合体であり、その中には数多くの禁呪が記されている。
強すぎる力は争いを生む。
それを防ぐために、『本』の存在そのものを隠し続けること。
それがこの屋敷の本来の目的なのである。
以前は幽霊屋敷として知られていた。そのためにわざわざ人が来ることもなかった。
そこに人が住むようになった。
そうなると、幽霊屋敷としておくことはできない。何か別の建物ということにしないと不自然である。
そこで、割と豊富な蔵書を利用して、図書館ということにしたと、それだけのことである。
その館の住人の一人であるカルマは、今日も応接室のソファーに座り、紅茶とケーキを楽しみながら本を読んでいた。
いや、少し語弊がある。
自分の呪文書を眺めていたという方が正しい。
以前作った黒青ズアーと名前の付いた呪文書ではない。
では、どんな名前の呪文書なのかと、呪文書のまわりを見わたしても、作りたてなのか作り途中なのか、おそらく後者であろうが、まだ名前は無いようである。
「どうした? 難しい顔して」
そのカルマの後ろに、突然黒い影が現れる。
やせた漆黒の体、長い手足と耳、つり上がった目、赤いくちばしに、脇の下の皮膜と、人ではないことが一目でわかる風体だ。
「お前は俺が何か読んでいるといつも出てくるな、アルフレッド。もしかして見張ってるのか?」
紅茶を一口飲む。突然出てくるのは、もはやいつものことらしい。
「お前のこと見張ってて何が面白いんだよ。暇だから来てやっただけだぜ」
「俺は暇じゃないんだ。あっちに行け」
「何だよ、冷てぇな。そういう奴は・・・、こうだゼ」
言うが早いか、アルフレッドはカルマの呪文書をひったくり、ふわりと浮かび上がる。
「何するんだ。返せよ」
「おっとと。まぁ、いいじゃねぇかよ。見せろよ」
カルマは手を伸ばすが、アルフレッドは手の届かないところに浮かび上がってしまう。
天井はそう高くないから、飛び上がれば手はとどく。だが、そうすることもないだろう。
本音を言えば誰かの意見を聞きたいと考えていたところだ。ちょうど良いと言えばいえる。
まぁ、それがアルフレッドなのは問題かもしれないが。
「はぁん。なるほどなるほど」
宙であぐらをかいたまま呪文書をぱらぱらとめくっていく。
「わかりやすい呪文書だな、この前のとは違って」
「悪かったな」
「でもまぁ、いいんじゃねぇの? 結構上手くまとまってると思うゼ」
言うと、ソファーに降りてきて、カルマに呪文書を渡す。
「ま、欲を言えば素直すぎるってところかな?」
「素直すぎる?」
「ああ」
アルフレッドはそう相づちを打って、ティーカップに紅茶を注いだ。
「勝ちパターンが1つしかないってことだ。つまりそれを押さえられたら・・・ジエンドって訳だな」
そういいながら、親指で自分の首をかききるまねをする。
「勝ち手段を押さえられて負けちまうのはつまんねぇからな。多少、逆転の呪符を入れておくのも手かもしれんゼ」
「逆転の呪符・・・か」
カルマは呆然とつぶやいた。
もう一度呪文書の構成を見る。
確かに素直すぎるかもしれない。勝ちパターンも1つだけだ。
アルフレッドの忠告は見事に的を得ていたのである。
ならば、何を入れるか──。
呪文書を見つめ、再び思考モードに入る。
アルフレッドがいることも忘れていた。
(やれやれ。また自分の世界に入っちまったか)
突然話し相手を失ったアルフレッドだが、それでもあえて話しかけることはしなかった。
紅茶に砂糖を入れ、音を立てないように混ぜる。
味を確かめるように一口飲み、さらに2つほど砂糖を足したあと、カルマの様子を見つめる。
どうやら、完全に忘れられてしまったようだ。
(まぁ、がんばんな)
邪魔をしないように心の中でつぶやいて、静かに消えた。
そのときにアドバイス料として紅茶とケーキを持っていってしまったのだが、そのことにカルマが気づくのは、それから少ししてからであった。
カルマは図書館のカウンターに来ていた。
カウンターには口と顎に髭をたくわえ、眼鏡をかけた初老の男が座っている。
「おや、カルマさん。どうなさいました?」
カウンターの男──ランドールが、カルマに気づいて声をかける。
「実は今、呪文書を1つ作っているんだけど、それを見て欲しいんだ」
アルフレッドの忠告から、カルマは呪文書の構成を考え、逆転の呪符の導入も検討し、何枚かの呪符も探し出した。
しかし、どうも納得いかない。
いろいろと入れ替えてやってみるが、どれもこれも限られたときにしか必要としないものばかりだったのである。
「だから、どうしたらいいかなと思ってさ」
「なるほど、わかりました。では、呪文書を拝見します」
カルマから呪文書を受け取り、眼鏡をかけ直すと、その中身を1つ1つ見ていく。
全ての呪符をじっくりと見たあと、静かに呪文書を閉じた。
「どう?」
カルマは身を乗り出す。
「なかなか良くできていると思いますよ。ただ・・・」
「ただ?」
「もう少し相性の良い強力な呪文を入れても良いと思いますよ」
「相性のいい呪文? 逆転の呪符ってこと?」
「いえいえ。そうではありません」
ランドールは落ちかけている眼鏡をなおし、カルマの方を向く。
「呪符同士には相性と言うものがあるのです。そして、呪文書を強くするには2つの方法があります。弱点を補うことと、呪文書の力を高めるということですが。たとえばそうですね・・・」
少し逡巡する。
「マナを加速する緑のエルフ達と、たくさんのマナを必要とする大きなクリーチャーの組み合わせは相性の良いものの1つだといえます。しかし、緑は相手のクリーチャーに対抗できない弱点がありますから、ここに赤のダメージ呪文を加える。マナがたくさんあるなら、<猛火>などが良いかもしれません。これが弱点を補うという方法で、これはその例の1つです」
「・・・」カルマはじっと聞いている。
「それとは別に、土地を全て破壊する<ハルマゲドン>という白の呪文を加える。すると、土地は全て壊れてしまい、本来ならば相手も自分もマナが出せなくなりますが、エルフがいれば相手よりもマナを多く生み出すチャンスがあります。もしも大きなクリーチャーを出してからハルマゲドンを使えれば相手の逆転の呪符を封じることもできるかもしれません。これが自分の呪文書の力を高めるという方法で、これはその例の1つです」
「・・・」
「弱点を補うのは呪文書の弱い部分を補強するという、いわゆる防御的・受動的な考え方。呪文書の力を高めるというのは、呪文書の全体の構成から相性のいい呪符を加え、強い部分をさらに伸ばそうとする、いわゆる攻撃的・能動的な考え方といえるかもしれません。」
「・・・」
「先ほどの例で言えば<ハルマゲドン>は相手によっては逆転の呪符にもなりますから、このタイプの呪文書構成の場合、良い選択肢の1つだと思います。 ・・・少し難しかったですか?」
「いや、大丈夫。わかるよ」
一息ついて頭の中を整理する。
「つまり、自分の呪文書の強さを高めるような相性のいい呪符を入れておいたほうが良いってことだろう?」
「ええ。それが勝ち手段を増やして、逆転まで望めるなら最高ですよ」
「じゃぁ、限られた状況でしか使えない逆転の呪符は必要ないってこと?」
「もしかしてカルマさんの言う『限られた状況でしか使えない逆転の呪符』は相手の呪文書を選ぶ防御的なものなのではないですか? そういった呪符は絶対にいらないというわけではありませんが、それよりは自分の呪文書の都合だけで使える『いつでも使える逆転の呪符』の方が、安心して使えます。つまり安定感があります。せっかく引いてきても、使えないと意味がありません。使えないよりは使えた方が良いですよね」
「そりゃ、そうだ」
使えないよりは使える方が良いに決まっている。
そんな当たり前のことをいわれて、カルマの顔に軽く笑みが浮かんだ。
「この呪文書構成なら、クリーチャーの数には苦労しないと思います。その辺で探してみたらどうですか?」
「なるほど。わかった。そうしてみるよ。ありがとう」
そういってカウンターを離れる。
振り返って軽く手を振ることも、できた。
「お役に立てて、何よりです」
いつものように軽く頭を下げるが、そこにカルマの姿はなかった。
今回もランドールにはいくつか相性の良さそうな呪符を考えついていた。
だが、いつも自分の出した答えを見せていると、カルマがそれに目を奪われて、カルマなりの呪文構成のあり方や考え方の成長を妨げてしまうことを、ランドールは知っていた。
手助けは最小限で良い。
ほんの少しのアドバイスが、ときには十分なプレゼントになることもあるのだ。
屋敷から少し離れたところ──歩いて20〜30分程度──に街がある。
それほど大きいわけではないが、一通りの施設がそろっていて、決して小さくはない。
その施設の1つ、魔術道場。久しぶりにカルマはそこに来ていた。
ランドールの助言を聞いたあと、ある程度は呪文書を練り込んだのち、できぐあいを試したくなってやってきたのだ。
時間が少し遅かったせいか、かなり混んでいる。
それでも空いている席を見つけて、座った。
そうして、今回持ってきた呪文書を開いて、眺める。
──まぁ、迷っていても仕方ないしな。やるだけやってみるしかないか。
そう思いながらも、呪符を1枚1枚めくっていく。
「あれ? 珍しい人が来てる」
見上げると、カルマと同じか、少し若いくらいの青年がカルマを見下ろしていた。
「最近来ていなかったみたいですが、どうしたんですか?」
「ああ、ちょっと忙しくてね」
前に少年と対戦して以来、しばらくの間、毎日のように道場に通っていた時期がある。
ほんの1週間ほど前までのことだ。
その間に、黒青ズアーや、やってみたいコンボを組み込んだ、あまり練り込まれていない呪文書でそれこそ勝ったり負けたりを繰り返していたのだ。
「心配した?」
「まさか」
青年が正面に座る。
「男の心配するわけないでしょ」
「なるほどね」
「でも、期待はしてましたよ。今度は何を使って作ってきたんですか?」
そういいながら呪文書をのぞき込んでくる。
慌てて閉じた。
「おっとと。だめだよ」
「そんなこと言わないで、見せて下さいよ」
「だ〜め。期待してくれるのはうれしいけど、まだ作りたてだから」
伸ばしてくる手を押さえて、それを制する。
「ふーん。じゃぁ、見せてくれなくてもいいです」
青年は手をひっこめると、背負っていた鞄から自分の呪文書を取り出した。
「そのかわり、対戦しましょうよ」
「は?」
「対戦ですよ。そのために来たんでしょう?」
「それはそうだけど」
「じゃぁ、決まりですね。あ、もちろんその呪文書でお願いしますよ」
「だからこれは──」
──まぁいいか。これ以上考えていてもいつもの堂々巡りだろうし。
「じゃ、いきますよ」
青年はコインを取り出して親指ではじく。
「Head or Tails?」