第1章 カルマ、運命を支配する 

 

第0節 今まで見かけなかった魔道書


カルマがこの屋敷に来てから既に2ヶ月。つまりそれは『本』の守護者となって2ヶ月ということだ。
その間、屋敷に忍び込んで来たり、迷い込んできたり、訪ねてきたりする人物はいなかった。
カルマが住み着いてからは人が住むということになったが、元々は幽霊屋敷として知られていたのである。そうそう人が近づく訳がない。
ときどき図書館を利用しようとする学生などが来ることもあったが、街から離れているという理由もあり、あまり頻繁ではない。
それに昼間はカウンターの中にランドールが座っているので、そういった来客が偶然に地下図書館への扉を開くという心配も無かった。もちろん、扉には鍵が、それも魔法で施錠が施されている。
──これで前回のあなたの時のような失態を犯すことも有りません。
苦笑いしながら、ランドールは説明してくれた。
要するに2ヶ月前のカルマの様なケースの心配はなくなったのである。
そういった関係上、カルマには未だ守護者としての経験が無いままであった。

そのカルマだが、いつものように応接室でアイスティーを飲みながら本を読んでいた。
ただし今日はいつものような学術書ではない。
地下図書館から持ち出した魔道書のうちの1冊である。

カルマの魔術の歴史はそれほど浅いわけではない。
創世期からすべてを知っているわけではないが、第4世代以降の魔道書はかなり知っている。
いくつかの呪文書を組み立てて、決闘での対戦を経験したことも少なくない。
基本的といわれる呪文書の組み方はしっているつもりだ。
勉強をさぼり気味だったために最近の魔道書についての知識がかなり不足しているのは否定できないが。

そんな中、カルマは1冊の魔道書に目をとめた。
(この魔道書は・・・)
手にとって中を軽く流し読みする。
第5世代、第6世代と連続で基本的なものとして掲載されてきた魔道書だ。
効果としては、タイミングさえ間違わなければ勝ちに等しい効果を生み出せる。
そして呪文書によってはキーともなりうる魔道書であった。
だが、今まで対戦で見かけたことはない。
だったら自分が使ってみたらどうだろう。
誰も使っていない魔道書を用いて相手を制する。成功するとかなり愉快そうであった。

「何にやにやしてんだ?」
「ぅぉう?」
ソファーの後ろからいきなり声をかけられ、飛び上がるほど驚く。
どうやら周りの気配にも気づかないほどに呪文書の構成に思惑を巡らせていたようだ。
アルフレッドはいつものようにふわりと浮かび上がると対面のソファーに舞い降りて座る。
「いつもいつも本ばっかりで、しかもそれを読みながらにやけてるたぁ、かなり怖いぞ、お前」
「お前にいわれたくない」
「俺は別に、本見ながらにやけたりはしねぇぜ?」
「お前はいつもにやにやしてるだろが」
「へへ、違いねぇ」
いつも相手に対しておどけた、ふざけた態度をとっているアルフレッドである。それは彼が相手の心を惑わす力を持っているがゆえ、相手に対して精神的優位を常に持とうとするところに理由があるのだが、わかっていてもカルマはこの怪物相手に一言いってやらねば気が済まない気分になるのだ。
それが既に相手のペースだということもまた十分にわかっているのだが、その衝動を抑えるほどに精神的成長をするためには、彼にはまだ少し時間が足りなかったようである。

「ところで、今回は何見てんだ?」
「これか?」
本の間に指を挟んで、背表紙を見せる。
「ハ〜ン、ずいぶんとマニアックな魔道書を見てるもんだな」
「今度作る呪文書にこれを入れてみようと思ってな」
「本気か? 苦労するぜぇ?」
そんなことはわかっている。使いにくいから誰も使わないのである。
しかし、守護者とは『本』を守護するものであり、相手を倒すことを目的としていない。
相手を倒すのではなく、制するだけでよい。それはカルマにとっても好むところだ。
だったらこの魔道書はその目的のためには悪くない選択ではないか・・・。
「とりあえず、使ってみてから判断するよ。もちろん、その前に呪文書も練り込むけどな」
「ま、いっちょ頑張れや」
「言われるまでもない」
そういってまた本に目を落とす。
次に目を向けたとき、そこにはアルフレッドの姿は無かった。


呪文の基本的効果を知り、長所を知り、短所を知る。
その上で自分が知っている他の呪文との組み合わせで、強さを引き出す方法を考える。
もちろん、弱点を補完する方法も忘れてはいけない。
呪文書を構築するこの瞬間は魔力を操る者達にとって最高に楽しい瞬間のひとつである。
そして構築を完了して相手との対戦までの期待に満ちた高揚感。
さらに相手に自分の呪文書が通用したときの喜び。
何物にも代え難い幸せである。(少し言い過ぎであるかもしれない)
ただし、通用しないで一蹴される方が多いこともまた事実。
それを楽しみとして昇華し、次の呪文書の構築や調整をする強さを持っていること、それが成長の秘訣の1つだとカルマは考えていた。

丸1日かけて呪文書を練った。
弱点はまだまだ有り余るほどある。本当にこれでいけるのか不安なくらいだ。
だが、いつまでも迷っていても最後には堂々巡りの考えにおちいる羽目にもなりかねない。
──とりあえずこれでいってみるか。
呪文の束を整理して、まとめ、1冊の呪文書にする。次に開くときどのようなページからめくられるかわからないが、それで良い。後は自分の力と練り込んだ呪文書を信じるだけ。
呪文書を手に取ると応接室を後にした。

「おや、カルマさん、お出かけですか」
出かける前にそのことを一言いっておこうと図書館のカウンターに近づくと、それに気づいたランドールの方から先に声をかけられた。
「ああ、ちょっとね」
「今日はどちらまで?」
「街の魔術道場にいくつもり」
「ははぁ。すると呪文書ができあがりましたか」
「あれ、なんで──」
そのことを、と、言葉を続けようとしたところで、アルフレッドのにやけた顔が浮かぶ。
──あの、おしゃべりめ。
舌打ちしそうな感じに顔がゆがむのが自分でもわかる。
「怒らないでやって下さい。あいつも悪気はないでしょうから」
「別に怒ってはないけどさ」
ちょっとだけ嘘である。
本当は自分が作った呪文書がうまくいって自慢げに報告するときのことや、逆にうまくいかなかったときに隠しておけるようにと考えて、秘密にしておきたかったのだ。
そういった意味があり、あまり気分のいいものではない。
が、ランドールはそれもわかっているのか、それについてはなにも言わなかった。
そのかわり、1冊の魔道書をカルマに差し出してきたのである。
「どれだけ役に立つかはわかりませんが、私からのアドバイス、ということで。どうぞ」
「これは・・・」
そこに記されていたのは1つの魔法道具(アーティファクト)生成呪文だった。
効果は2つ。それぞれについて似た効果を持つものなら他に効率がいい呪符も数多くあるが、今回自分が作った呪文書のサポートとしてはまさに最適である。
「・・・いかがですか?」
少し考え込んでいたらしい。ほほえみを崩さずランドールが声をかけてきた。
「いい。これ、いいよ! たぶん、役に立つ。ありがとう、ランドール」
「お役に立てそうで、なにより」
少し頭を下げる。
頭を下げたい気分なのはこちらの方だというのに、そういうときにランドールは決まって自分の方からそうするのだ。
かなわないなぁ。
ぽりぽりと頭をかきながらそう思う。
「あいつのおしゃべりも役に立つときがあるんだな」
照れ隠しにそんなことをいってみる。
ランドールは何も言わない。いつものようにほほえんでいるだけだ。
こうなるとカルマは、どうもじっとしていられなくなる。見透かされている感じがするからだ。
「・・・じゃ、じゃぁこれ借りていくよ。ありがとうランドール。行ってきます」
魔道書を手に取り、早口でまくし立てると顔を逸らしたまま駆け足で出入り口に向かう。
「行ってらっしゃいませ」
背中に向かってやさしく声をかけてくる。振り返って手を振ることは、できなかった。
これがランド−ル流の精神的優位の取り方なのだが、アルフレッドとは違う手法に、カルマがその事実に気づくにはまだまだ経験が足りなかったようである。


この世界には魔法が存在する。魔力があり、それを使うだけの知識が有るなら誰でも修得できる魔法が。
魔術道場は主にそんな魔法使い達の修練の場として利用される。
また、それ以外にも自分と相手が持っている呪符を交換して自らの呪文書を強化したり、情報収集の場としても使われる。
世界大会を目指して取り組んでいるものもいるが、そのほとんどは楽しみのためで訪れる。
しかし、だからといってレベルが低いという意味ではない。みな、自分が得意とし、そして強力あるいは最強と信じている呪文書をいくつかでも持っているものだ。
そうでなければいきなりの挑戦を受けた場合に対応できず、結果、せっかくの対戦のチャンスを逃すことにもなりかねない。
ところが今回カルマが持ってきた呪文書はたった1つ。もちろんいろいろと入れ替えて試してみようと思って持ってきたいくつかの予備の呪符はあるが、この呪文書が全く通用しないとなると、魔術道場にとどまる理由が無くなる。
長時間とどまるつもりはなかったが、最初の1回だけで一蹴されて肩を落としながらとぼとぼと屋敷に帰る羽目になるのはちょっとごめんだった。できることなら良い報告がしたい。
期待と緊張が入り混ざったなか、道場の入り口をくぐる。
中は熱気であふれていた。どうやらかなり活発な道場らしい。昼の2時過ぎという時間も理由の1つかもしれない。
どういった理由にせよ、対戦相手に事欠くことはなさそうだった。
少し奥に進んで、立ったままイスの背に軽く腰掛ける。一息ついて辺りを見回す。
魔道書や情報の交換、雑談といったことをしている人が多いが、もちろん対戦もしている。その後ろでは観戦者がその行方を眺め、自分のことのように一喜一憂していた。
いい雰囲気だ。
かつてカルマが魔法にのめり込んでいた頃に感じていた熱気が今もここにある。
そんな空気を感じるだけで何か嬉しくなる。
それがどうしてなのか、説明しろと言われると上手く説明できないが、この気持ちだけは嘘では無かった。
今も昔も変わらない、互いに切磋琢磨するその姿に過去の自分を見つけ、懐かしい感じがしたからかもしれない。
それとも、これからの対戦に熱い予感を感じて血が騒いでいるためだろうか。
早くこの呪文書を試してみたい。
不安が無かったといえば嘘になる。だが、今はそれ以上に対戦したい気持ちの方が大きかった。

「ちょっと、いいですか?」
そんな感じで周りを眺めていたとき、ふいに声をかけられる。
見るとカルマよりも頭1つくらい小さい少年が見上げながら話しかけてきていた。
「はい、何ですか?」
「もしよければ、対戦(デュエル)、しませんか?」
──来たっ
本来ならこちらから声をかけようと思っていた。その方が相手のレベルを見て決められるからである。
今回作ってきた呪文書はどんなに取り繕っても一流といわれる強力なものに渡り合えるものではないことは十分わかっていたからだ。
できればそういった強力な呪文書との対戦はさけたい。
しかし、相手から声をかけられた以上、しかも対戦を目的としてこの場に足を踏み入れた以上は対戦を持ちかけられて断ることはできなかった。
「いいですよ。やりましょう」
「あ、よかったぁ。ダメっていわれるかと思っちゃった」
ほぅっと、相手の顔がゆるむのがわかる。
そうだ。緊張しているのは自分だけではない。相手もまた同様なのだ。
常連ともなれば話は別だろうが、カルマのような「いつもは見かけない新顔」に声をかけてくるとなると、常連でないなら、相手も新顔かそれと同等程度であることが多い。
常連はいつも面子が決まって話しているので、新顔があえてその輪に入り込むのは気が引ける。もちろんそれなりの礼儀を知っていれば、話しかけたところで嫌な顔がされることは滅多になく、逆に歓迎されることの方が多いのだが、新人というのはその一歩の勇気がなかなか出せないものだ。
だから今回のカルマのように輪の外に一人でいるような人物に声をかけ、自分の輪を作ろうとする。
今回カルマに声をかけてきたのは明らかにカルマよりも年齢的に若い、まだ男の子といっても良いくらいの少年だ。
少年にとってカルマはずいぶんと歳の離れたお兄さん、悪く言えばおじさんである。
そんな相手に声をかけ、しかも対戦を持ちかける。
この子はどれほどの勇気を出して自分のことを誘ってくれたのだろう──。
そこに思い当たるに至って、カルマは1つ深呼吸をした。
自分の方が相手よりも緊張しているわけにもいかない。まずはリラックス。もちろん自分だけでなく少年もリラックスしてくれるように少し顔に笑みも浮かべる。
いつもランドールがしているあの微笑み。
この少年のために、あの微笑みを今、手に入れたいと思った。

「じゃ、あっちでやりましょうか」
カルマは少年に部屋のスミの方を指し示した。
常連達は部屋の中央をかなり広いスペースで陣取っている。もちろん人数も多いし、他の迷惑になっていないので注意するつもりはないが、今いる場所はそこから近すぎた。
そうなると、周りで観戦している常連達が予定外の乱入をしないとも限らない。トラブルは避けたかった。
少年はカルマの後についてやってきた。そこにもう2人同じくらいの歳の子がついてきている。
──ははぁ、なるほど。
どうやら一緒に来ていた友達だろう。当然といえば当然かもしれない。そうでなければ自分のような年齢の離れた人に声をかけることは難しいだろう。
「それじゃ、やりますか。・・・お願いします」言って軽く礼をする。
「お願いします」少年も同じように返してきた。
うん。礼儀正しい子だ。
こういったさりげないところで手本をしてみせる。それが全ての後輩達にとって効果的な、言葉や文字による説明のない教科書であることをカルマは知っていた。


奇妙な場がカルマと少年を包む。
決闘(デュエル)をするときに周りに影響を与えないためにできる異空間の様なものだ。
この中ではとりあえずどんな呪文を使っても現実に影響を与えることは、普通ない。
思い切り呪文を使うことができるのである。

シャッ
呪文書を開き、7枚のページをめくる。少年も同じように7枚めくった。
先ほどのコインフリップで先攻は少年ということになっている。
「マリガンは無し」
「ボクも有りません」
2人とも自分の手札が決闘に耐えうる十分なものであることを宣言する。
いよいよ決闘の始まりである。

 


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