予備の呪文書から呪符の入れ替えをしている間、オーディアはふと疑問に思っていた。
さっきの一戦、アルフレッドは本気ではなかったのではないか。
自分の戦略が型にはまれば相手がどんな呪文書でも有無を言わさず蹴散らす力があることはわかっている。そしてさっきは理想に近い動きをした。
だがそのために手の内のほとんどをさらした。隠そうと思っても隠しておけるものではないのだが、逆にアルフレッドはその手のうちをまったく見せていないのだ。
(むこうは1回でも勝てばいいのよ…先手番を取れなかったさっきの戦いを捨てて、様子見に徹して、先手を取れるここで勝負…)
その考えにいたり、ちらりとアルフレッドの様子をうかがう。
呪符の入れ替えは終わったのだろうか。アルフレッドはパラパラと手際よくシャッフルをして7枚引き、またすぐに呪文書に戻して…という作業を延々と繰り返している。その手つきに少しの乱れもない。顔つきも真剣そのものだ。
だが、オーディアの視線に気が付いたアルフは、すぐにいつものようににやけた顔に戻る。
「そんなに怖い顔すんなって。綺麗な顔が台無しだぜぇ?」
「……」
「おっと、無視か。まぁいい」
「……」
「さっきはこっぴどくやられちまったからな。だがよ、こっからはこっちの番だぜ? キシシシシ」
「……」
どうやらオーディアの危惧していたことは現実のものとなりそうだ。
| アルフレッド |
手札7枚 |
ライフ20 |
| 無し |
| オーディア |
手札7枚 |
ライフ20 |
| 無し |
ジャッ
呪文書の中から7枚まとめて無造作に引き抜く。左手を軽く振ると、つまんでいた呪符がまるで扇子を開くように広がった。アルフレッドはその内容に一瞬だけ目を走らせる。
「まずまず、かねぇ」
それを見届けて、オーディアもカードを7枚、カードケースの中から抜き取った。1枚1枚、じっくりと確認する。
「まずまず、かしら」
アルフレッドの真似をしてみる。
手札の内容は、悪くない。言うまでもなく、今ある手札が悪いものなら無理に始めることはない。引き直しをしてしまえばいい。
最初の手札が1枚少なくなるが、序盤の猛攻に全てをかけるオーディアの呪文書にとって、先の動きの見えない初期手札など何の価値もないものだった。
ブラフなどは考えない。負けられない理由を背負っているのだ。一片たりとも妥協はできない。
つまり、十分に戦える。そういう手札でなければならなかった。
(ここが正念場よ、オーディア)
7枚のカードを握りしめ、自分に言い聞かせながらオーディアは、アルフレッドをまっすぐに見据えた。
「いくぜぇ」
左手に持った呪符、その一枚がはらりと地に落ちる。
「死と腐敗の象徴たる《沼》」
呪符の触れた部分からどろどろとした沼が広がっていった。
「…。 青マナはどうしたのよ」
「あん?」
第1戦目で見えた土地から予想するしかないが、アルフレッドの呪文書は黒と青の2色で構成されているのは間違いない。ならば当然《対抗呪文》を撃つために青マナを揃えてくるはずである。
「何だってイイだろ、んなことは。俺の勝手だ」
「……」
「それともこっちの方が良かったか?」
「?」
そういうと、アルフレッドは手の中から2枚の呪符を開いて見せた。見せつけた呪符は、《地底の大河》と《島》だった。
「サービスだ。こいつも見せてやる」
《対抗呪文》──
「さーてさてぇ、残りはいったい何でしょぉか? わかるかぁ? キシシシシ」
「く……」
自分の手札をさらす…通常隠しておきたいものを相手に見せることにどんな意味があるのか、オーディアにはわからなかった。それを理解するにはオーディアはまだアルフレッドについて知らなさすぎた。
だから、
「…ずいぶんと余裕じゃない」
少し探りを入れてみる。
「あたし程度の相手には本気も出せないって言うつもりかしら?」
「手加減ってか? バカ言うな」
「違うって言うの?」
「ああ違うね。俺はいつだってギリギリだ」
「とてもそうは見えないわ」
「そうだろうな」
あっさりと認める。
「俺は、レディーの前で情けねぇ姿は見せねぇようにしてるからよ」
「……?」
レディー…?
オーディアは耳を疑った。一瞬、一体それが誰のことだかわからなかった。だがそれが自分のことだと気が付くと、
「あ…あんた…、いつもそうやって口説いてるわけ?」
赤くなりかけた顔を横に向け、アルフレッドから目をそらす。
「別に口説いてるつもりはねぇんだがなぁ」
ぽりぽりと後ろ頭をかく。
考えてみれば今まで、女だからといって特別にやさしくされたことなど無かった。もちろん、女だからどうだと言う軽はずみな発言をする男には、すぐに思い知らせてやってきたのだが。
ジェネシスやリューク、ゲンさん、職場の同僚達。彼らはオーディアを仕事上の仲間としてつきあってはくれたが、あくまでそこまでのつきあいだった。
顔にはまぁ、少しは自信がある。だがそれでもそういう風に言われたことなど、ましてやレディーなどと言われたことなどなかった。
(惑わされちゃだめよ。これがこいつのやり方なんだから──)
そう考えても、落ちついていた鼓動が早くなるのは止められなかった。
| アルフレッド |
手札6枚 |
ライフ20 |
| 沼 |
| オーディア |
手札7枚 |
ライフ20 |
| 無し |
「《森》よ──」
オーディアの背後に木々が生い茂っていく。そこでいったん手が止まった。
(あいつ、青マナじゃなくて黒マナを用意したわよね…)
黒マナを準備するのにも、《地底の大河》ではなく、《沼》である。これでは次の自分の手番で《対抗呪文》を使うための青マナが足りないではないか。《対抗呪文》は手の中に持っているのに…。
早速、アルフレッドの呪文書構成を知らないことが影響をもたらしていた。
(だったらここはこれよね)
オーディアは手の中から1枚のカードを抜き取ると宙に放った。
「森の力の体現者、《ラノワールのエルフ》」
森からあふれた緑のマナがカードの注がれる。カードから1匹のエルフがオーディアの前にあらわれて、膝をついた。
《ラノワールのエルフ》と《極楽鳥》。ファイアーズはこの2種のマナ加速能力によってその力が発揮されている。だから初手にこのどちらかが場にでないことはあり得ない。
「おうおう、そいつもかわいそうになぁ」
エルフのこれから起こる運命をアルフレッドは悲観した。
「お前のご主人は、お前よりも小さな鳥の方が大事だとさ」
「──っ!」
アルフレッドは一枚の呪符を右手の中に押し込んで、ぎゅっと握りつぶす。そこからぼたぼたと赤黒いものがしたたり落ちると、跪いていたエルフはそのままばたりと地に倒れた。
「そいつを生かしておくと面倒なことになるからな」
右手を振って手のものをある程度払い飛ばす。そして落としきれなかったそれを口に持っていき、ぺろりとなめ取った。
「遊びは終わりだぜ」
アルフレッドの目が、日の沈みかけた夕闇のなかで赤みを増したように見えるのは気のせいだろうか──。
| アルフレッド |
手札5枚 |
ライフ19 |
| 沼 |
| オーディア |
手札6枚 |
ライフ20 |
| 森 |
「幻惑の源、揺らめく《島》よ」
またも手の中から呪符をこぼれさせる。はらりと舞い落ちるそれが地面に触れると今度は清涼な水をたたえる島が広がっていった。
オーディアがカードを放り、そこにマナを注ぎ込むアクティブな呪文の使用法に対して、アルフレッドは実に静かに呪符を使っている。
何かを見ているようで何も見ていない、そんな様子を保っている。もちろん鋭い視線も見せることはあるが、その目に射すくめられるときは心の中を見透かされるときだ。
感情の起伏に富んだ立ち振る舞いを見せ、いつもふざけた態度をとってはいるが、忘れてはならない。
深淵の死霊──
相手の心を惑わすことによって常に自分を有利な立場に置くこの魔物を相手に、表面上の立ち振る舞いなどにどれほどの意味があるものだろうか。
だが、オーディアは目の前に対峙している人物の本質がそうとは知らないのである。相手の今までの態度から、どこまでこの魔物の真意を読み切ることができるか、それが重要な点であることは間違いないのだが。
| アルフレッド |
手札5枚 |
ライフ19 |
| 沼 島 |
| オーディア |
手札6枚 |
ライフ20 |
| 森 |
「ようやく青のマナを出してきたわね」
だが、手の中の《対抗呪文》を使うためにはもう一つ青のマナが必要だ。
そしてアルフレッドの手の中には《地底の大河》もあるのである。
少し考えればわかることだが、最初のアルフレッドの手札には《地底の大河》《沼》《島》《血の復讐》《対抗呪文》の5枚の呪符があったはずだ。つまり最初に《地底の大河》を出しておけば、《血の復讐》を使いながら、この手番で《対抗呪文》を使うこともできたのである。
(どういうこと?)
自分の呪文書構成は知られている。序盤に猛攻をかけて、そのまま押し切ってしまうファイアーズ。それを相手にするときには1つの手順ミスが命とりになる。
最初の7枚のうち5枚はわかっている。残りの2枚にその手がかりがあるはずなのだが…。
「なにか理由があるのかしら」
「あん?」
「そうよね、何かあるわよね」
「なにがだよ」
「あんた、意地が悪そうだもの。絶対何かあるわ」
「おいおい。会って間もねぇのにヒデェ物言いだな。 …ま、否定はしねぇがよ」
「……どっちを否定しないの?」
「もちろん、両方だぜ」
「……」
だが、それでも進むしかない。
呪符の1つを宙に放る。森から引き出されたマナが注がれる。
「大空に羽ばたけ、輝く鳥よ! ごくら…」
パキィィィン!
途端、アルフレッドが動く。
アルフレッドの手の中から放たれた《記憶の欠落》が、形をなそうとするオーディアの呪符を包み込み、瞬く間にもとの形まで押し返した。力を失った呪符は、だが、墓地に落ちるのではなく呪文書の一番上に戻る。
きょとんとした表情でその場に立ちつくすオーディア。数瞬の後何かに気が付いたように目を瞬かせる。
「あれ? あたし…今何かしたよね?」
「いいやぁ 何もしなかったぜぇ?」
キシシシといつもの声を上げて笑う。
土地からマナが引き出されているのだから何もしなかったわけはないのだが、オーディアはそれすらも忘れているようだった。
手の中から新しく《カープルーザンの森》を出し、手番を譲る。
| アルフレッド |
手札4枚 |
ライフ19 |
| 沼 島 |
| オーディア |
手札5枚 |
ライフ20 |
| 森 カープルーザンの森 |
手の中から《地底の大河》をこぼれさせ、支配下にする。ようやく青のマナが2つ揃った。
序盤の猛攻に賭けるオーディアの呪文書構成とは違い、アルフレッドの呪文書はゆっくりと状況をコントロールするタイプのものだ。不用意に自分から動く必要はない。
| アルフレッド |
手札4枚 |
ライフ19 |
| 沼 島 地底の大河 |
| オーディア |
手札5枚 |
ライフ20 |
| 森 カープルーザンの森 |
シャッ
カードを引き込む。そのカードはもちろん《極楽鳥》。
手の中の呪文を使うためにはもっとたくさんのマナが必要だった。
大型クリーチャーのパワーばかりに注目が集まりがちだが、ファイアーズを支えるのは序盤のマナ加速を担うマナクリーチャー達である。
そのマナクリーチャーを除去されたおかげで、オーディアの場にはまだ何もでてきていない。新しいマナ増幅手段(そのうえもっとも優秀なマナ加速)である、このか弱い鳥を、オーディアはなんとしても場に出さなければならなかった。
そのためには…
(あの青マナが邪魔よね)
「《リシャーダの港》!」
相手のマナを縛る。
「地底の大河に重い税を!」
青マナが無ければ《対抗呪文》は打てない。悠々と極楽鳥を場に出すことができるはずだった。
「かかりやがったな!」
「…え?」
ピキィィッ! ……ガラガラガラ
最初、オーディアには何が起こったのかわからなかったに違いない。
《地底の大河》に向けて力を使った《リシャーダの港》が、その力を発揮することなく、音を立てて崩れ落ちたのである。
《テフェリーの反応》
自分の土地を対象とする能力を持つ呪文や精製物の効果を打ち消し、さらにはそれが精製物ならば破壊してしまう効果を持っていた。この呪文の効果はそれだけにとどまらない。追加で2枚の呪符を引くことまでできるのである。
侵略の時代、強すぎる力を持つ《リシャーダの港》へのあからさまな対策の1つとして作り出された呪文の、その筆頭だった。
「大空に羽ばたけ、輝く鳥、極楽鳥よ」
引き込んだ極楽鳥を場に送り出し、オーディアは手番を終了させた。
| アルフレッド |
手札5枚 |
ライフ19 |
| 沼 島 地底の大河 |
| オーディア |
手札4枚 |
ライフ20 |
| 森 カープルーザンの森 極楽鳥 |
「俺の番だな。ま、ちっとかわいそうだが手加減無用だよな。《痛ましい記憶》」
とたん、かくん…とオーディアの頭が落ちる。
オーディアの手の中にあったのは…
(…と、…と、…か。なんだよ。キシシシシ…)
その中から1つの手札を呪文書の中に押し込んで、アルフレッドは呪符の効果を解除する。
「あれ? あたし…また…?」
「ん? なにかあったかぁ?」
あくまでも知らないフリを押し通す。オーディアは自分の記憶の1つが失われていること、それすらも気が付かないでいた。
「悪いが、もう俺の勝ちみたいだぜ?」
腕組みしたままにやりと笑った。
その足下の青がさらに深みを増していた。
| アルフレッド |
手札3枚 |
ライフ19 |
| 沼 島 島 地底の大河 |
| オーディア |
手札3枚 |
ライフ20 |
| 森 カープルーザンの森 極楽鳥 |
「どうあがいてもこれ以上何も場に出せねぇよ、おめえは」
「そんなのやってみないとわからないじゃないっ」
しゃっ
新しく引いた呪符…
「あれ? これ… あれ??」
気が付いたのか、気が付いていないのか。おそらく後者だろうが、オーディアはさっきまで自分の手にあったはずの呪符を1つ手札に取り戻した。
「おかしいわね…」
ことここにいたって、ようやく異変に気が付く。
「どうした? 何か勘違いでもしたか?」
「…あんた、なにかやってるでしょ」
「さぁてね」
何か変だ。そう感じたときには既に捕らわれている。
「森よ」
新しい鳥を支配する。そして、その全てと、極楽鳥からもマナを引き出す。
「獰猛なる牙と爪と顎をもって、この地にあらわれよ《ブラストダーム》。 たとえその命、泡と消えゆく定めとしても!」
バスッ
放ったカードの中心を何かに射抜かれ、そのまま力無く舞い落ちる。
「持ってるのは知ってたはずだよな?」
《対抗呪文》……。
| アルフレッド |
手札2枚 |
ライフ19 |
| 沼 島 島 地底の大河 |
| オーディア |
手札2枚 |
ライフ20 |
| 森 森 カープルーザンの森 極楽鳥 |
力を取り戻した全ての土地から、マナを引き出す。
「悪いがよ、さらに《苦悶の記憶》の中に沈んでもらうぜ」
三度、オーディアの目が虚ろになる。
そして、アルフレッドがオーディアの手に残った2枚のカードを、呪文書の上に押し込んだ。
「ぉぃ…」
「…ん…」
「おい…」
「…ん…っ…!?」
「ぼーっとしてんなよ」
「え? あれ?」
「いいぜ。俺の番は終わりだ」
「え?」
「俺はもうやること終わったって言ってんだよ。マナも残ってねぇ」
足下に広がるマナ源、その全てからマナが引き出されているのは、一目見ればわかる。だが、オーディアにはアルフレッドが何をしたのかそれをまったく覚えていなかった。
「何かやるなら今がチャンスかもなぁ。まぁ、できるなら、の話だけどよ。キシシシシ」
| アルフレッド |
手札2枚 |
ライフ18 |
| 沼 島 島 地底の大河 |
| オーディア |
手札0枚 |
ライフ20 |
| 森 森 カープルーザンの森 極楽鳥 |
(一体…あいつは何をやってるの)
ふっと意識がなくなるときがある。それはほんの短い時間だろうけれど、今までにそんなことは、それによりにもよって対戦中に意識を無くすなど無かったことだった。
オーディアはもう一度場の状況を確認する。
(マナが4つ、場にはあたしの極楽鳥以外に何もでてない。でも──)
手札が1枚もない。
さっきまで手元にあったはずのカードが一枚もない。
それがないと言うことはつまり、
「手札破壊…」
オーディアがそう考えてしまったのも無理はない。
「それなら捨てさせられる前に全部使うだけよ」
「できるもんならな」
「やってやるわよっ!」
マナのない今なら呪文を打ち消される心配もない。
(ここであいつが困るようなカードを引きさせすれば──)
だがその願いが叶うことがないことを、オーディアは知らなかった。
引いてきたカードは、
「くっ…」
「何引いたか当ててやろうか」
「?」
「《はじける子嚢》、だろ?」
「…」
《はじける子嚢》。
巨大な子嚢の中から、文字通りにクリーチャーをはじけさせ、一気に場に送り出す能力を持っている。多くを呼び出してしまうとその分サイズが小さくなってしまい、逆に数を少なくするなら、かなりの大きさを持たせることも可能だ。
消散能力があるため、時間がたつにつれて、呼び出したクリーチャーもろとも消え去ってしまうが、十分に使う価値のある呪符のうちの一枚だった。
だが、この呪符の価値はそれだけにとどまらない。ここに《ヤヴィマヤの火》が加わると、この呪符の強さはまさに他を圧倒するようになる。
《ヤヴィマヤの火》で速攻能力を持った子嚢クリーチャーの群れは、備えのない呪文書はおろか、相手の防御の薄くなった所に叩き込むだけでほぼゲームを終わらせるだけの攻撃力を持たせることができるのである。
その攻撃力の高さによって、この呪符は「壊れた強さを持っている」とまで言われていた。
しかし──
「終了」
オーディアはそれを使うことなく自分の手番を終了させる。
使わないのではない。使えないのだ。
理由は単純明快。
マナ不足──
《はじける子嚢》には5つのマナが必要なのである。
| アルフレッド |
手札2枚 |
ライフ18 |
| 沼 島 島 地底の大河 |
| オーディア |
手札1枚 |
ライフ20 |
| 森 森 カープルーザンの森 極楽鳥 |
「ファイアーズがマナ不足とはな」
エルフを除去され、リシャーダの港を破壊され、それでも4つのマナが場に揃っているのは、ファイアーズの呪文書構成の大部分がマナを生み出す呪符で占められているからだ。
そのマナの量は、呪文書の優に半分を超える。
普通それだけのマナを用意すれば、後半、手札を失ったときの過剰なマナを処理しきれず事態に窮することになる。しかしそれを可能としてくれるのは、仮面の時代に用意された二つの特殊地形《リシャーダの港》と《黄塵地帯》のおかげだった。
また、ファイアーズはマナクリーチャーの加速を利用し大型クリーチャーを召還、圧倒的なサイズで相手の防御が整う前に蹂躙する狙いで作られている。手札からクリーチャーを場に並べてやれば、今度は特殊地形が相手の動きを制限し始める。マナ加速とマナ制限。クリーチャーのサイズばかりに目を捕らわれがちだが、ファイアーズの強みは実はここにあった。
つまりファイアーズは、マナ加速を妨害してやれば、ただの大型クリーチャーデッキに早変わりしてしまうのである。
「さぁて」
無造作に1枚の呪符をつかみ、そこに黒のマナを注ぎ込む。
「お前の顔に《涙の雨》を降らせてやるぜ」
符が煙へと姿を変え、そしてどす黒い雨となり、オーディアの森に降りしきる。緑あふれる木々や草花がその雨に汚され、力を無くしていった。
3つ目のマナ源の破壊。徹底的にオーディアの行動を遅らせるつもりのようだった。
「そこまでする?」
「ああ、俺はイジワルらしいからよ。これくらいはしとかねぇと期待に応えられねぇだろ? キシシシ」
| アルフレッド |
手札2枚 |
ライフ17 |
| 沼 島 島 地底の大河 |
| オーディア |
手札1枚 |
ライフ20 |
| 森 カープルーザンの森 極楽鳥 |
(こんどこそ…)
期待を込めてカードを引く。
だが──
「《ブラストダーム》か」
「!」
「お? なんだ、図星かよ」
「……」
「一歩早けりゃ呼び出せたのによぉ。残念だったなぁ。キシシシシ」
見えないはずのカードを言い当てられる。これが一体どういうことか、わからないオーディアではなかった。
『見透かされている』
本来、隠れているはずの情報──手札のや呪文書の中に残っている呪文など──があるから、相手の手札を予測し、その中の最善の一手を探すものなのだ。もちろん予測がはずれれば手痛いしっぺ返しを食うこともあるが、それは相手も同じこと。見えないからこそブラフも成立する。
もしもこれが、一方だけが全て見ることができるとしたら一体どうなるか。
場、手札、そして呪文書の残りから最善の一手を紡ぎ続けるだけでいいことになる。
どうしても勝てないということがわかってしまったなら、ブラフをしかければいい。相手にミスをさせれば負けるはずの勝負に勝てるかも知れない。
全てが見えているなら難しいことではない。
恐ろしいのは、見えていない方にはそれがブラフなのかそうでないのか判断が付かない──もしくは極めて判断しにくい──という事実である。
「あんた、超能力者か何かなの?」
「ぷっ」
「何よ、失礼ね」
「ぷくくく。バカ言うな。こいつは超能力なんかじゃねぇよ」
「じゃぁなんなのよ」
「強いて言うなら、まぁ、手品ってところか」
タネもしかけもある。それが手品だ。
| アルフレッド |
手札2枚 |
ライフ17 |
| 沼 島 島 地底の大河 |
| オーディア |
手札2枚 |
ライフ20 |
| 森 カープルーザンの森 極楽鳥 |
「居眠りさえしなけりゃ、手品のタネが見えるかも知れねぇぜ?」
「あたしは今まで居眠りなんかしたこと無いのよ。あんたがなにかやってるとしか思えないわ」
「ご明察だね」
また、全てのマナを絞り出す。呪符の一枚を手のひらに張り付け、オーディアに迫る。
「もう一丁手品と行くぜ。見れるもんならよーく見てな」
「!!」
手を広げオーディアの視界を遮るように腕を付きだすと、そのまま額に呪符を押し当てた。
「《苦悶の記憶》」
力の抜けた腕がだらんと垂れ下がり、手の中から《はじける子嚢》と《ブラストダーム》が離れ落ちる。
「もう何も出させねぇぜ」
アルフレッドの宣言も、苦悶の記憶の中に沈み込んだオーディアには届いていなかった。
相手の引きたいものを引かせない──相手の心と記憶を操る術に長けているアルフレッドにとって、相手の心と言うべき手札をのぞき込み、記憶と言うべき呪文書を操作するこの独特の呪文書は、自分の性格を表す格好のものだった。
| アルフレッド |
手札2枚 |
ライフ16 |
| 沼 島 島 地底の大河 |
| オーディア |
手札0枚 |
ライフ20 |
| 森 カープルーザンの森 極楽鳥 |
この後、アルフレッドの独壇場となる。カードを補充するカードで手札を増やしながら、《痛ましい記憶》《苦悶の記憶》を連発。オーディアは幾度も同じ呪符を引き続けることになる。何度も何度も同じカードばかりを引き続ける。まさに振り返りたくもない苦悶の記憶だった。
「最後の仕上げと行くぜ。 《吸血の教示者》!」
黒に教示者がある限り、致命的な一撃は避けられない。
オーディアの目に絶望の光が浮かぶ。
| アルフレッド |
手札1枚 |
ライフ13 |
| 沼 沼 島 島 地底の大河 沿岸の塔 |
| オーディア |
手札2枚 |
ライフ20 |
| 森 カープルーザンの森 極楽鳥 |
「終わりだ」
教示者によって示された未来。それを手に加え、アルフレッドは宣言する。
「(教示者ってのはこう使うんだぜ、カルマ!)」
「天と地を律する理。冥府と神界を統べる力。因果律の支配によりて、我ら運命を同じくせん。そはズアーの禁じられし秘法。森羅万象のものよ、我ら等しく因果の輪に落ちん。《ズアーの運命支配》!」
奇妙な場が広がる。軽く風が吹いたかに感じられるほど明確な感覚を持って。
「見えるか?」
「見えるわよ…」
相手の手札の中がそれこそ手に取るようにわかる。
アルフレッドの持つ残り一枚は《嵐景学園の師匠》。
相手の生命力を吸い取り自分のものに変換する能力を持ったクリーチャーだ。
それはズアーを維持するために支払う生命力を完全にまかなえる。
「……」
「……」
「……おい」
「……?」
「何か言うことは?」
「…………投了、よ」
沈みかけた夕日が赤く燃えて、、、消えた。
| アルフレッド |
手札1枚 |
ライフ13 |
沼 沼 島 島 地底の大河 沿岸の塔
ズアー |
| オーディア |
手札2枚 |
ライフ20 |
| 森 カープルーザンの森 極楽鳥 |