第1章 招待状の送り主 

第0節 招待状の送り主 その2


部屋から出て階段を下り、1階に出る。
案内されたときにはよくよく見ることはできなかったが、まわりを見渡せばかなりの広さがあった。
入り口から入ってロビーがあり、その奥に歩いてすぐのところに、一段低くなって中庭がある。芝生の上にはイスを備え付けられた丸いテーブルが6つおかれていた。ラウンジ…と言ったところだろうか。時間帯のせいか、テーブルに付いて食事をとっている人がいる。
そのテーブルのまわりで、さっき部屋に案内してくれた少年を見かける。リューク…といったか。
なにやら客の注文を聞いて料理を運んだり、飲み物をもってきたり、配膳を下げたり…と、忙しく動き回っている。
しばらく眺めていると、カルマ達が来ていることに気が付いたようで、テーブルをまわりながら遠回りに近づいてきた。
「いらっしゃいませ」
「よっ。また会ったな」
アルフレッドが片手をあげてなおざりなあいさつをする。
「何やってんだ? お前、掃除も受付もやってただろ? ついさっきまで部屋の案内もしてたしよ」
背の違いから多少見下ろす恰好になってしまうのは仕方ない。口の悪さも手伝ってちょっと威圧的な態度になっていた。
「ああ、従業員の数が足りないですからね。見習いの僕がいろいろやらないとダメなんですよ」
しかしリュークはそれを気にすることなく言うと、ちょっと照れくさそうに笑った。
「それで今度はボーイか? 休む暇もないんじゃねぇのか?」
「まぁ、好きでやってますから。それよりも、お食事どうですか?」
「ああ、お願いできるかな」
フォローをするようにカルマが間に入る。
「それでは、こちらにどうぞ」
空いているテーブルをさして、カルマ達を引き入れる。
席に座らせると、奥のカウンターからお冷やとおしぼり、それからメニューをもって戻ってきた。
テーブルをふいて水を差し出すと、メニュー差し出して置く。
「こちらのメニューはここから見えると思いますが、ここの隣にあるバーと食堂の料理です。ご注文が決まりましたらお呼びください」
一礼してまた向こうへ行ってしまう。
テーブルの周りを回り、目に付く仕事を着々とこなしていた。
「最初は暇っぽかったけど結構大変そうだよなぁ」
いいつつもメニューをひらき、ページをめくっていくと、ケーキの欄で止めた。
1つ1つ目でなぞりながら吟味していく。
「最初からケーキか?」
「うるせぇな。何頼んでもいいだろ?」
「本当に甘いものが好きだよな」
「わりぃかよ」
メニューを抱え込むようにもつと、そのままついっと横を向いてしまう。
「おいおい、俺にも見せろよ」
「お前はそっちの定食屋のメニューでも見てろよ。俺はそっちに興味ねぇからよ」
さらにイスをまわして後ろを向いてしまうと、対面に座っていたカルマには手が届かなくなってしまった。
──やれやれ。
アルフレッドのわがままや気まぐれに真剣に取り合っても損をするだけだ。それが今までの経験からわかっているカルマは、それ以上の追求はせずにおとなしくもう一つのメニューをひらいた。

「ご注文はおきまりですか?」
テーブルを一回りしてきたのだろう。注文票を手に持ったリュークがテーブルの横に立っていた。
「よっ。忙しそうじゃねぇか」
「大変だね」
「いえ、そんなことはないですよ。まぁ、確かにいろいろと大変なこともありますけど、どんな仕事でもそうですし。それにやっぱり僕はこの仕事が好きですから。」
にこりと笑う。
確かに、忙しそうに動き回っている最中にも辛そうな表情は見られない。
もちろん客の前でそんな顔を見せることは無いのが当たり前なのだが、リュークを見ているとそれだけではなく、純粋にこの仕事を楽しんでいるのがその様子からうかがい知れた。にこにこと笑っている顔が営業のものなどではなく、本当に楽しくて仕方がないというのがわかる。
「とりあえず、これとこれ。それから──」
「ああ、俺はこっからここまで全部もってきてくれよ」
メニューの端から端までを指す。
もちろんそこにあるのは数々のケーキばかりだ。
「……これ全部ですか?」
「何だよ、ダメなのか?」
「いえ、そういうわけでは」
「なら頼むぜ」
そういってにやりとする。
「気にしなくていいよ。こいつは甘いのが大好きなだけだから」
「はぁ…」
そういうものの、見開き1ページに収まるケーキ全てとなると量もかなりのものになる。
大好きで済むレベルは完全に超えていた。
「それと、紅茶もお願いするよ」
「わかりました」
追加で飲み物を注文しておく。
リュークは注文を繰り返し読み上げ確認を取ったあと、次の仕事をこなすためにテーブルを離れていった。

「アルフ…本当にそれ全部食べるつもりか?」
「なんだよ。何か問題でもあるか? うまそうじゃねぇか」
テーブルの上に用意されたのは数種類のケーキだった。それも、まだこれで全部ではないというのだからその数たるや…。
それを口元をほころばせながら眺めるアルフレッドは本当に嬉しそうな顔をしていた。
「ほれほれ。早く喰おうぜ♪」
最初のケーキを手に取るとフォークを突き刺した。
(……あんまり見ない方がいいな…)
見ていると食欲が無くなることは予想に難くない。カルマはなるべくアルフレッドの方を見ないことに決め、さっさと自分の前に置かれた焼き肉にナイフを入れた。
「あ、そうそう。こいつも頼んでおくか」
そのカルマの心を知ってか知らずか。ケーキに食いつきながら、アルフはパフェのページをめくっていたのである──。


「ふぃ〜。喰ったなぁ」
部屋に戻ってきたアルフは、満足そうに笑っていた。
「俺…もうお前とは食事に行かない…」
どっと肩をおろし、ソファーにへたり込んだカルマは手で胸を押さえてうめいた。
「なんだよ。たかがケーキの10個や20個。普通だろ」
「そのあとにパフェやらあんみつやらだんごやら…飲み物でミルクセーキまで頼んだだろ…」
「ああ、そんなこともあったかもなぁ」
「かもなぁじゃないよ…」
ぐっと胸を押さえて、備えてあったコーヒーをカップに注ぐと、ぐいっとあおった。砂糖もミルクもいらなかった。今なら塩水でも飲めるかも知れない。そんな気分だった。
「ったく。弱ぇなぁ」
「強い弱いの問題じゃ無い!」
「へぇへぇ悪かったよ。それじゃぁ今度は今日の半分でガマンするから許せよ」
「半分でも相当な量だろ」
その光景を想像して、考えなければよかったと後悔する。
「おいおい、オレは半分にするって言ってるんだぜ? あとの半分はお前が歩み寄るべきじゃねぇのか?」
カルマも甘いモノは人並みには食べられる。だが、アルフレッドと一緒にいるとむしろ甘いモノが嫌いになりそうだった。
人には限度ってモノがあるんだよ──
言葉を飲み込んだのはこれで何度目だろうか。

 

RRRRR… RRRRR…

気分を落ち着けるためにブラックのコーヒーをもう1杯あおり、しばらくの間イスにもたれかかりながらゆったりとしていると、突然部屋に備え付けてある機器の1つが音を立てた。
「おい。何か鳴ってるぜ?」
確か…電話…といったか。 あのとき案内役として付いてきてくれたリュークが説明した内容を思い出しながらカルマはそれに近づいていった。

RRRRR… RRRRR…

「取っていいのかな?」
「知るか。 取りたければとりゃいいじゃねぇか。」
少し迷ったあと、カルマはガチャリと受話器をとった。
「……はい」
『あ、カルマさんですか?』
「そうですが。あなたは?」
『あれ? 声でわかりませんか? リュークです。』
この機械はどうやら声を完全に送ると言うことはできないようだな…リュークの声が少しおかしいと感じたカルマはそう考えることにした。
「なんの用ですか?」
『これから少しお時間いただけませんか?』
「これから…ですか?」
夕食──それが例えケーキばかりだとしても夕食は夕食である──を済ませたカルマは、船に揺られた疲れもあって、明日のためにもう寝ようかと考えていたのである。
『あ、無理にとは言いません。 でも、せっかくですからいっしょにお話でもどうかなって』
「……」
『と、ここのオーナーが言ってるのですが。』
「は?」
『招待状を持っている方におもてなしをしないままにしておくのは問題だろう…と言うことらしいですので…どうですか?』

「……」
「何迷ってんだよ。悪くねぇ話だろ? 行こうぜ」
気が付けばそばで聞き耳を立てていたアルフレッドは1も2もなく話に乗ってきた。
「そうはいってもなぁ…」
「せっかくの申し出を断るのも相手に悪いってもんだぜ?」
『そうですよ』
聞こえたのだろう。リュークも同意してきた。
『それにカルマさんが来てくれないと僕が怒られてしまいますよ』
顔は見えていなくてもリュークの声から彼が苦笑したのがわかる。ただ、あり得ない話ではない。
「わかりました。行きます」
自分のせいでリュークを困らせることはない。それにアルフレッドの言うとおり、相手の誘いを断るのも気が引けた。
『それでは、僕は1階のカウンターの前でお待ちしてますので、準備が整いましたら声をかけてください』
「わかりました」
『失礼します』
確認してカルマは機械を置いた。部屋に静寂が戻ってくる。
イスに掛けてあった上着を羽織ると、早速ドアに向かう。
「じゃ、行ってくるよ」
「おっと、待てよ。俺も行くぜ」
「は?」
「もちろんついていっていいよな?」
「……いいよ」
少し迷ったあと、カルマは了解した。ダメと言ってもついてくるにちがいないのである。
ならば素直に連れて行った方がいい。それに、にやついたアルフレッドの顔を見ていると、このまま一人にさせておくのが非常にためらわれた。連れて行かず一人にしておけば何かしでかしそうで気になって仕方がない。もてなしを受けているどころではない。
「……はぁ…」
思わずため息もでる。
その気持ちを見透かしたように、ドアノブを回すカルマの後ろで、アルフレッドがいつものようにキシシシシと笑い声をあげていた。


1階のロビーに降りる。柱に掛けてある大きな振り子時計がボーンボーンと時を告げていた。時刻は夜の11時。夕食が終わってからずいぶんと長い間ゆったりと過ごしていたらしい。
昼間あれほど熱かった熱気もすっかり引いていた。上着がなければ少し肌寒いと感じるだろう。
「あ、来てくれましたね」
カウンターの前までくると、既にリュークが待っていた。カウンターの中にカルマの部屋にあった機械と同じものがある。どうやらさっきはここから連絡を取ったらしい。
「お待ちしてました」
「お言葉に甘えて、招待されることにしたよ」
「どうぞどうぞ。では、行きましょうか」
二人とも笑顔を浮かべながらやりとりをする。だが、カルマは少しためらった。
「それがちょっと…」
「はい?」
「おまけもいるんだ…」
「うい〜っす」
カルマの背後、リュークの見えない位置からアルフレッドが片手をあげつつひょっこりと顔を出す。アルフレッドの方が相当に背が高い。隠れるのは無理なはずだった。にもかかわらず、どこに潜んでいたのかわからないが、アルフレッドは簡単にそれをやってのけた。
──バレるようなことだけはするなって言っただろ
目でそう講義するが当の本人にはどこ吹く風である。この魔物相手に文句を言っても無駄なことはわかっていた。
リュークはその不自然さに気が付いていないのか、どうぞと手招きした。
まぁ、受付のときからカルマといっしょにアルフレッドがいることはわかっていたので、こうなることは予想できていたのだろう。

リュークに誘われてホテルの奥の廊下へと進んでいく。
研究所を通り抜け、さらにその先にあるドアを押し開く。
ドアには『関係者以外立入禁止』と書かれてた張り紙がしてあったが、もともと宿泊客が来るような場所でもない。その先に続いていた一本道を歩いていくと、木の影に隠れるようにその建物は建っていた。
開き戸の前に暖簾がかかっている。
「つきましたよ」
『居酒屋 じだらく』 どうやらそれがこの店の名前らしい。中からは楽しそうな話し声と笑いが漏れていた。
がらがらと開き戸を開けて暖簾をくぐる。カルマとアルフレッドもそれに続く。
「へいらっしゃい!」
カウンターの中の年輩の男が威勢のいい声で出迎える。
その声で気が付いたのだろう。中にいた数人が新しい来客に目を向けたが、傍らにいるリュークを見ると、また自分たちの輪の中に戻っていった。
リュークは二人をカウンターに誘った。ちょうど席が空いていたからである。
「ゲンさん、何か適当に見繕ってあげてよ」
「あいよぉっ」
ゲンと呼ばれた男は短く刈り込んだ頭に巻いたねじりはちまきを締め直し、包丁を手の中でくるりと一回転させると、とんとんとん、といい音をさせはじめた。

「お、やってるな?」
「へいらっしゃい!」
がらがらと戸が開くと、暖簾をくぐって青年が入ってきた。
「あ、遅いですよ、ジェネシスさん」
「悪い悪い。少し手間取ることがあってな」
ジェネシスと呼ばれたその男は俗に言うバーテンダーの格好をしていた。居酒屋にバーテンダーとは何とも不釣り合いな格好だが、他の客はそれを気にもとめない。いつものことなのだろう。
さらには、室内だというのにサングラス。それから口にはくわえタバコまでしている。火を付けていないのはここが食べ物を扱う店だと遠慮してのことか、それともタバコがバーテンダーという自分の仕事(服装から判断するしかないのだが)によくないことがわかっているからだろうか。
「あなたがカルマさんですね?」
「そうですが、そういうあなたは?」
「これは申し遅れました。私はジェネシス。このホテルの支配人をさせてもらっています。以後お見知り置きを」
そういうと右手を腹にあて、背筋を伸ばしたまま頭を下げた。何とも芝居のかかった仕草である。
「似合いませんよ、ジェネシスさん」
「そうか?」
すかさずツッコミが入る。
「そうね、似合ってないわ。なれないことはしない方がいいわね」
空いたままになっていた戸から、聞き覚えのある声とその持ち主が入ってきた。
「オーディアさんもきたんですね」
「何よ、来ちゃ悪いって言うの?」
「べ…別にそういう意味じゃぁ…」
「本当に?」
「嘘を言ってどうなるんですか」
「ふぅん」
オーディアににらまれたリュークはその場に凍り付いてしまった。さながら蛇とカエルである。

そのあとオーディアはなんだかんだと言いがかりを付けてリュークの必死のいいわけを全て却下していた。大声のやりとりにならないのは他の客の迷惑をかんがえてのことか? …と、あたりの様子をうかがうと、どうやらそうではないらしい。 座敷に上がっているもの、カウンターについているもの、そのそれぞれが手に料理や酒を持ち、二人のやりとりを笑いかみ殺しながら見守っている。
オーディアがリュークをからかっているのは一目瞭然なのだが、からかわれているリューク本人だけはそれに気が付いていないようだった。
見ていられなくなってカルマが助け船を出すために声をかけようとすると、肩を引かれた。
「いつものことだよカルマ君。それに本人達もあれで結構楽しんでいるんだ。」
そういうものなのか? と少し考える。
ああいったやりとりはカルマの経験上そう多くはない。あるとするならそのほとんどは、隣でにやにや笑いながら二人の様子を見ているこの魔物とだろう。
ということはいつもの自分とこいつのやりとりも実はこう見えるのだろうか? と考えてカルマは少し複雑な気持ちになった。
「それよりもちょっと、つきあってくれないかな?」
「え?」
ジェネシスはそういって肩の後ろを親指で指し示した。 どこか場所を移そうというのである。
他の客は気が付いていない。
「いいですが…いったいどこへ?」
「それは行けばわかるさ。 ああ、ゲンさん。うなぎを1つ、焼いてくれないか」
「……あいよ。山椒はいるのかい?」
「いや、必要ない」
「それじゃ、奥の客間でまっててくれ」
そうやりとりをしたあと、カルマを先導しながらジェネシスは奥の部屋へと消えていった。
アルフレッドだけはそれに気が付いていたがあえて知らないフリをした。止める気は無かった。『じだらく』のメニューに「うなぎ」が無いことに気が付いていたにもかかわらず…である。
(…がんばってこい、カルマ)
そう頭の片隅で声援を送ったかどうかは、本人にしかわからなかった。
 

 


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