第1章 招待状の送り主 

第0節 招待状の送り主 その1


ある昼下がり、街道を行く一人の少年がいた。
背中まで届く長い黒髪を首の後ろで無造作に結び、黒いズボンとグレーのシャツを着ている。その上に着ている上着も黒。肩から下げたバックには多少の色が入っているが、目立つものではない。
首から下げた青いペンダントが無ければ全くの黒づくめになってしまうところだ。
少年の名前はカルマ=ライシス。
少し前までは、ある館で『本』の守護者をしていた人物である。
彼の本業は泥棒である。だから盗みを働くためにはこの黒づくめの格好は必然といえる。
もしも夜の闇の閉ざされれば、彼の姿を捕らえることは相当難しくなるからだ。

長い冬が終わり、春の息吹の感じられる季節になったとはいえ、あたりに残っている雪がまだ肌寒さを感じさせている。朝夕ともなれば寒さは相当に厳しいものとなる。
とはいえ昼になればそれは、体の火照りをさましてくれる心地よいものになってくれるのだが。

気ままな一人旅。そんな様子で歩いていると、背負ったカバンの中がごそごそと蠢いた。
口が開くと中から赤いくちばしを持ったコウモリが飛びだしてくる。
「うぃーっす」
「なんだよ。やっと起きたのか」
「朝はダメなんだよ」
ばさばさと羽ばたくとカルマの頭の上にとまって、だるそうに毒づく。
人の言葉をしゃべるコウモリ? 違う。そうではない。
見た目はただのおかしなコウモリだが、本来の姿は別にある。
氷河の時代から生き残ってきた、人の心を惑わす力を持った魔物、深淵の死霊。それがこのコウモリの正体だ。
名前はアルフレッド。カルマとともに館で『本』の守護者をしていたうちの一匹である。
「そんなことよりも、聞きてぇことがあるんだがよ」
「なんだ?」
「目的地は決まってんのかよ?」
「ああ、そのことか。もちろん決まってる。ここだよ。」
胸から一通の手紙を取り出して頭のうえに差し出した。
「なんだ? これ。」
「招待状だよ。だいぶ前に送られてきてたんだけど、すっかり忘れてたからなぁ」
「……ひでぇヤツだぜ。 で、いい機会だから行ってみようってか?」
「まぁ、そういうこと」
そういうと、再び胸にしまう。
「それにしても…それどこだぁ? しらねぇな。俺はてっきり名所でも巡るのかと思ってたのによ」
「俺も最初はそうしようと思ってたんたけどね。でも名所はいつでもいけるけど、招待状は…待たせると悪いからさ。」
「もう十分すぎるぐらい待たせてる野郎がなに言ってやがる」
キシシシと苦笑する。

「ふあぁ〜あ。じゃ、俺はもう一眠りさせてもらうぜ」
「はぁ? 起きたんじゃなかったのか?」
「死霊が昼間に起きるかよ。今回は行き先が気になって仕方なかったからでてきただけだゼ」
「あ、そう…」
「じゃぁな。ついたら起こしてくれや」
「はいはい」
そういうともう一度カバンの中に潜り込んだ。


招待状を胸から取り出して場所を確認する。目指すところはかなり南の方らしい。
歩いて行くにはちょっと遠すぎる距離だった。どうしても交通機関を使わないわけにはいかない。
そう言った意味もあり、カルマは港町で船に乗った。
荷物の積み込みが終わり、船が港から離れる。

夕方に出発したが、到着するのは明日の昼過ぎらしい。つまりこの船の上で一泊しなければならないわけだ。
甲板にでて夕日を眺める。もう5分もすればすっかりと沈むだろう。
「潮の香りがする中で、日の落ちる一瞬の輝きを眺める。これも悪くないよな…」
「……なにいってやがる。全然似合ってねぇよ」
「!?」
ぼそりとつぶやいたカルマのつぶやきに対応してきたその声はもちろんアルフレッドのものである。カバンの口からひょっこりと頭を出していた。
「お前がそんなキャラかよ」
「ア…アルフッ。見られたらどうするんだ。中に入ってろよ」
「だれもいねぇよ。気にすんなって」
慌てて中に押し込もうとするカルマの手をかわし、体をのり出して、肩に留まる。
まだ寒いからだろうが、アルフレッドのいうとおり、カルマたち以外で甲板にでている人はいなかった。
「この姿が気に入らないってんなら、人の姿になっても良いんだぜ?」
「人前にでるときはそれで頼むよ」
「へぇへぇ」
そう言いながら、日の落ちる最期の一瞬を眺めていた。

夕食を取って客間に戻ると、カルマはカバンの中から一冊の呪文書を取り出した。
背表紙に名前は無い。つまりまだ完成していない……ということだろう。
ファイルから呪符をとりはずしてテーブルの上に並べる。
全体のバランスを見るためだ。
召喚、簡易、儀式、魔法道具精製、魔力賦与などの各種の呪文。そして土地。
それぞれの配分や役目について1つ1つ考えていく。
「ん〜」
カルマのような呪符魔術師の決闘ではこの呪文書構築が決定的な意味を持つ。
なぜなら決闘の最中に使える呪符は呪文書に入っているものだけだからだ。
また、引いてくる呪符の順番が決まっていないため、その配分バランスも重要になる。
多くの枚数を呪文書に入れておけばそれだけその呪符を引いてこれる可能性が高まる。
いくら強い呪符であろうとも引いてこなければ使えないのだ。
ただし引きすぎて余ってしまっても困る。
使いたいときには手札に欲しいが、いつでもと言うわけではないと言う呪符も存在するのだ。
そんな中、カルマは一枚の呪符を手に取った。
最近手に入れたその呪符は幻視の時代に発見され、第6世代の呪文書に採録されたものだ。
貴重なものであるため、なかなか手に入らないものだが、もうすぐ発売される第7世代の魔導書の中に採録されないという話が決まったときに、世間の評判が下がり、そのため比較的安価で手に入れることができたのである。
とはいえそれでもそれなりの代価は支払わねばならなかったわけだが…。
「へぇ…いい呪符もってんじゃねぇか」
カルマの背後に音もなくあらわれるアルフレッド。今はコウモリではなくいつもの死霊の姿をしている。
「目は覚めたのか?」
「ああ、おかげさまでな」
並べられた呪符をのぞき込むと、ふわりと浮かび上がりそのまま宙であぐらをかく。
「みたところ、またいつものやつみたいだな」
「そうか? まぁ、俺が作る呪文書はいつもこんなもんだしな」
「いつも同じ呪文書構成なのは別に構わねぇけどよ。いい加減、弱点の補完でもしたらどうよ。」
「……弱点?」
「あん? なんだよ。気づいてなかったのか?」
するりと降りてくると、がさがさと呪符をかき集め、適当にかき混ぜる。
決闘のときと同じように上から7枚引くと、カルマに見せた。
「どうよ?」
「…どうって、なにが。」
「……」
もう一度呪符をかき混ぜ、7枚引いて見せる。
「わかるか?」
「……いや?」
「……か〜。やっぱりわかってねぇんだなぁ」
ぼりぼりと頭をかくと、息を吐きながら続けた。
「お前よぉ、この呪文書構成で対抗系呪文がないときに致命的な魔力賦与呪文とか魔法道具とか出てきたらどうすんの? これって弱点じゃネェわけ?」
「…」
「今何度か引いてみてすぐにわかったけどよ。打ち消し呪文が必ず手札にあるとは限らねぇみたいだし」
「……」
「お前のことだから全部打ち消す〜とか手札から捨てさせる〜とかそう言う考えかもしんねぇけどよ。引いてすぐ使われたり、うち消せなかったりするときだってあるんじゃねぇの?」
「………(ぷるぷる)」
「ほかにも、呪文書のマナがかかりすぎだとか、速攻で出てきたヤツにどうしようもねぇとか、火力で焼かれたら打ち消しが足りねぇとか」
「…………(ぷるぷるぷる」
「攻めるための召喚呪文が足りねぇからそれ除去されても万事窮するしな。 そういうのどうすんの?」
「だーー!!」
言いたい放題言われ、カルマは手に持っていた呪符を巻き上げた。
「わかったわかったわかりましたよ。 もっかい作り直すよ作り直せば良いんだろ?」
「いや、別にそうは言ってねぇけどよ」
「そう言ってるのも同じじゃないかよっ!」
「……」
「……」
「はぁ〜。そうおこんなって。」
「……」
むす〜っとしたまま、カルマは足下に散らばった呪符を拾い集めていた。
(…まったく。ガキだねぇ…)


部屋の灯りは落としたが、召喚した鬼火の薄明かりの中で、カルマは呪文書を作っていた。
(場に出されたものを何ともできないだって?…それなら一度手札に押し返してやればいい)
(マナがかかるすぎるか。…じゃぁマナのかからない呪文書構成にしてやるよ)
(速攻に耐えるためには…相手からダメージを受けなければ問題ないよな)
(火力呪文は…あ〜くそ〜、どうするかな〜)
ぐしゃぐしゃと頭をかき回しながら、次から次へと言われた弱点を補完するために何か1つ考えが浮かぶたびに少しずつ呪符を入れ替える。
最初の呪文書から今まで残っているのはもう土地くらいのものかも知れない。
やろうとするその根本は変わっていないが、新しく発見された侵略の時代の呪符も加えて、今ではまったく別の呪文書へと変わっていた。

すっかり夜も更け、あと数時間もすれば空も明らんで来る時刻になっていたが、呪文書を完成させるまでは眠る気にもならなかった。少し意地になっているのかも知れない。
(まぁだやってやがるよアイツは)
アルフレッドは本来の主人のいないベットの中で頭の後ろで手を組んで横になっていた。
薄目をあけてちらりとカルマの姿を確認すると、またすぐに目を閉じる。
(ちょっと言い過ぎたかな。 ……俺はいつも言いすぎちまうからなぁ)
夜に眠くなるわけがない。だが、相手をしてくれる人物があの調子ではからかうにもからかえなかった。だいいちその原因を作ったのが自分なのだから文句も言えない。
(はぁ… しょうがねぇなぁ…)
起きあがりもせず、音もなく、かすむようにかき消える。
部屋の中に一人残されたカルマはそれに気づかずに黙々と呪符を入れ替えていた。

「ふー。ま、こんなもんかな」
頭を上げて一息つくと、イスの背もたれに体を預ける。
ぐるりと首をまわし、肩と首のこりをほぐすと、テーブルに並べられた呪符を眺めた。
(でも、なんか納得いかないんだよなぁ)
今までと似たような構成。アルフレッドに言われた弱点も補完したつもりだ。
それでも何か違和感を感じる。それがなんなのか理由はわからないのだが…。
「お、できたのかよ」
テーブルを挟んで向かいの席にいつものように音もなくアルフレッドが現れる。
その手にはいつのまに手に入れたのか、紅茶とケーキが握られていた。
「ほいよ、差し入れだ。一息入れろよ」
手に持っていたそれらをテーブルの上におく。
「……?」
「ったく。まだ怒ってんのかよ。いい加減機嫌なおせって」
「ん? ああ、そうじゃなくて」
「なんだよ」
「お前が差し入れしてくれるなんて、ちょっと気味が悪くてな」
「……やっぱ差し入れするのやめるわ」
並べられた紅茶とケーキを取り上げようとする。
「ああ、冗談だって」
自分の分を確保して、カルマは早速紅茶に口を付けた。

「…で? できたんだろ?」
「一応ね」
「これがそうなのか? ……。 ん〜」
向かい側に座っているために呪符の向きは逆だったが、だいたいの構成は見て取れた。
足を組んで紅茶を飲んでいるアルフレッドの眉間にみるみる皺がよる。
「なんだよ」
「いや、何でもねぇ」
「気になるじゃないか」
「何でもねぇって」
「言えよ」
「言ったらお前怒るだろ?」
「怒らないから言えよ」
「……。なら言うけどよ。この呪文書……弱くネェ?」

ぴきっ


「ちょっと見た感じ、勝ち手段細ぇし…」
「…」
「相変わらず火力には弱そうだしな」
「……」
「速攻は対策してるみたいだけど…どうだかねぇ…」
「………(ぷるぷる)」
「手持ちの呪符を増やす呪符も入ってネェから終盤苦労しそうだしなぁ。あ、除去も足りなげだな」
「…………(ぷるぷるぷる)」
「やりたいことはできそうだけどそれ終わったら負けちまいそうだよなぁ。その辺どうすんの?」
「だーー!! この!! 言いたいこといいやがって!!」
「お前が言えっていったんだろがよ」
「そんなに言いたい放題言うこと無いだろ」
「なんだよ。怒らねぇって言ったくせに」
「せっかく考えた呪門書をそれだけいわれれば怒りたくもなるさ」
「だから最初に聞いたんだよ。怒るだろ? ってな」
「言い過ぎなんだよ」
「……ったく」
それ以降の言葉を飲み込むかのように、アルフレッドは残りの紅茶をくいとあおる。
ケーキにフォークを突き刺すと、口いっぱいにかぶりついた。


次の日の昼過ぎ、船はとある港町にたどり着いた。
船を港に横付けにして、停泊すると、乗客たちが次々と渡し板の上を渡って降りていく。
船員たちは船から荷物を下ろし、荷台に乗せたり、倉庫に運んだりと、忙しく動き回っていた。
ほとんどの乗客が船から下りていったあと、カルマはバックを手に取り、眠そうにあくびを1つしながら船から下りた。

港町はそれなりのにぎわいを見せていた。
旅の中継地点…と言ったところなのだろう。すぐむこうに酒場を兼ねた宿屋が何件も立ち並んでいる表街道を見つける。
だが、カルマはそちらに向かうのではなく、また別の埠頭のほうへと足をむけた。
目的の場所はここからさらに船を乗り継いだ先にある。
道行く人に聞くとどうやら日に何本か定期便も出ているらしい。もうすぐ出るというのでカルマは急いでそこに向かい、料金を払って船に乗り込んだ。
なんだか船に乗ってばかりだな──
波に揺れる船の中でそんなことを考えながら小さく苦笑する。

次に気が付いたときには船は目的地に着いていた。昨日の夜の疲れのためか、波に揺られているうちについ眠ってしまったようである。
体を伸ばしてから一息つくと、起こしてくれた船主にお礼を言って、船から下りる。もう日は完全に傾いていた。
船着き場から辺りを見回す。
南国を思わせる高い木が見える。館を出るときには残っていた雪はここにはもう無いようだ。
胸の内ポケットから手紙を取り出し、その中に入っていた地図をみて場所を確認する。
夕焼けに紅く染まった海を背に、船着き場からすぐの正面にみえる階段を上っていく。
両側を木で挟まれた石段や木々の葉さえも紅く染め上げた夕焼けは、そこを登り切る頃に沈んだ。

石段を登りきると、すぐむこうに割と大きな建物が見えてきた。
全体を茶系でまとめ落ち着いた雰囲気を持ったその建物が今回の目的地である。
カルマはバックを担ぎ直すと、そちらに向かって歩きはじめた。

『マジック研究所』

招待状の中に入っていた地図にはそう書かれていた。
港町で少し聞き込みをしたが、研究所といっても呪符魔術について特別に研究していると言うわけではないらしい。(もちろん、それなりの研究はしているのだろう)
それ以上に──というか、こちらが主だと思われるが、ホテルとしての役割のほうが大きいようだ。

カルマは正面に向かって歩いて入り口をくぐる。
中はなかなかの広さのロビーとなっていた。
高い天井と、大きな窓。採光には気を配っているようだ。もう日も落ちたからだろうか、ロビーには自然光ではないやわらかな光が灯されていた。
床には絨毯が敷かれ、奥の廊下にまでのびている。
決してきらびやかと言うわけではないが、落ち着いたいろどりのなかに暖かみを感じさせる、そんな感じのロビーだった。
ふとあたりを見渡すと、横手のほうに受付のカウンターがあった。中には、しっかりとスーツを着込んだ女性が立っている。
「いらっしゃいませ」
カルマが受付の前に立つと、彼女はそうあいさつしてきた。
まだ若い。20歳と少し…といったところだろうか。だが、対応にぎこちなさはない。
おそらくこの仕事をして数年がたっている。ベテランの域には入らないが、一人前にはなっている。
そう言った印象はどこで感じる物なのかわからないが、余裕のある笑みを浮かべたところで、ああ、これかと納得する部分はあった。
「ご宿泊ですか?」
「そうなるのかな?」
「?」
「実はここの主人に招待状をいただいたので…」
言いつつ、カルマは胸から一通の封筒を取り出した。
「確認を取りますので、少々お待ちください。」
差し出された封筒を受け取ると、受付嬢はカウンターから外に出ようとする…と、ここに自分一人しかいないことに気が付いて、どうしようか迷ったのだろう。一瞬立ち止まった。
そこにちょうど少年が通りかかる。まだ幼さが残る、人の良さそうな少年だ。
「あ、ちょうど良かったわ、リューク君。あたしちょっとやることができちゃったから、こちらのお客様の対応、お願いするわ」
「え? 僕がですか?」
「あなた以外誰がいるのよ」
「冗談でしょう、オーディアさん。僕のこの格好で接客させる気ですか?」
リュークと呼ばれた少年は手にバケツとモップを持っていた。
「……ちょっとこっち来なさい」
オーディアと呼ばれた受付嬢はリュークと呼ばれた少年(服装から従業員とわかる)を、受け付けカウンターの向こう側の、外からは見えない位置に引っ張っていった。

「……どうしてそんな格好してるのよ」
「掃除してたからに決まってるじゃないですか」
ジト目でにらむオーディアに、リュークはズボンから取り出したハンカチで汗を拭きながら答えた。
「そうじゃなくて、どうして今掃除してるのかって聞いてるんだけど?」
「オーディアさん、さっき僕に『向こうの床が汚れてるから掃除しておきなさいよ』って言ったばかりじゃないですか…」
そんなことも忘れてしまったんですか? そう言いたげにため息を付く。
「そう言えばそんなこともあったような無かったような…」
「まったく。自分で言ったことくらい覚えておいてくださいよ」
「うるさいわね、私に口答えする気?」
「僕はべつに口答えした訳じゃ…」
「あとで覚えてなさいよ」
オーディアのにらみつけに気圧されたリュークの額に、さっきまでとは明らかに違う汗が一筋流れた。

「あのー」
いつまでも出てこない二人にしびれを切らせたカルマが、中の様子を確認しようとカウンターに身を乗り出しつつ声をかける。
「別に急ぎませんから、どうぞ、行ってきて下さい」
「そうですか? 申し訳有りません」
影から顔を出し、すぐに引っ込める。オーディアはリュークの脇を肘でつついた。
「(ほら、あんたのせいで待たせちゃってるじゃないの)」
「(え〜? 僕のせいですか?)」
「(そんな恰好してるあんたが悪いのよ)」
「(いつも僕のせいなんだからなぁ…ぶつぶつ)」
「(何ぶつぶつ言ってんの。 …って、そんなことはどうでも良いのよ。あとは任せたわよ)」
「(へ?)」
「それでは、少々お待ちください。その間こちらのものが受付を致しますので、そちらへどうぞ」
手で受け付けの方へと促し、リュークの背中をどんと押して対応を任せると、自分は封筒の確認のために奥の廊下へと少し足早に歩いていった。
「(あ〜あ。いつもこれだ。) 申し訳有りません。大変お待たせしました。こちらへどうぞ」
リュークは備え付けてあったタオルで手を拭くと、掃除のために腕まくりをしていたシャツを下ろして、カウンターの裏においてある受付台帳を取り出してひらいた。
「それでは、こちらにお客様のお名前をご記入ください。ご宿泊ですよね?」
「そうなりますね」
カルマは差し出されたペンを受け取ると、さらさらと名前を記入した。
「これでいいんですか?」
「カルマ=ライシス様ですね? はい、結構です。ではお連れの方も、お名前を…」
「連れ? 連れなんていないけ…ど?」
そう言って振り返ると、漆黒のマントを羽織った長身の男が髪の色と同じの赤みがかかった瞳でカルマを見下ろしていた。
「誰?」
「はぁ? なに言ってやがる」
その整った顔立ちには似合わない口調で長身の男は切り返してきた。
「まったく、冗談もやすみやすみいえってんだ」
そう言いつつ、ペンを受け取るとさらさらとサインする。
「お連れ様ではないんですか?」
「ああ、俺はこんなヤツしらな──」
「連れも連れ。大の親友だぜ? な、カルマ?」
腕を首にまわしながら引き寄せる。カウンターとは逆の方を向いてぼそぼそとしゃべりはじめた。
「(なんだ、わかんねぇのかよ。つめてぇなぁ)」
「(ひょっとして、アルフか? お前…人前に出るなって、あれほど…)」
「(だから出てないだろ? 魔物の姿じゃぁよ?)」
「(いつばれるかわかんないだろ?)」
「(大丈夫だって。バレやしねぇよ。まかせな)」
「(思いっきり不安だ)」
「(……やろう。そんなこと言ってるとマジでばらすぞ?)」
「(…………)」
肩を落とし1つ小さくため息をつく。
出がけ、アルフレッドが憑いてくるとなったときから、ある程度のトラブルは覚悟の上。
そう決めたなら、あとはそのトラブルが別のトラブルを呼び起こさないように注意すること。それが大切だった。
「そちらの方、お連れ様でよろしいですか?」
リュークが、聞き返してくる。
巻き付いていた腕を振り払い、カウンターへと振り返ると、カルマは複雑な笑みを浮かべてうなずいた。

「こちらになります」
リュークはドアの横にあるスイッチを押して部屋に灯りを灯すと、カルマを部屋の中へと案内した。
オーディアが招待状の確認を取り、それが本物だと言うことがわかると、そのあとに通されたのは本当にいい部屋だった。
ベットが2つ並べて置かれているのはどこの部屋でも同じかも知れないが、部屋の広さや質感、おいてある小物などで、明らかな差がある。窓を開けて一歩外に出ると一面の海が見渡せる。今は暗い海が広がっているだけだが、昼間には青い海が、夕方には夕日で赤くなった海がどこまでも見渡せるだろう。砂浜に響く波音も耳に心地よかった。朝になれば白い砂浜も見えるに違いない。
「気に入っていただけましたか?」
窓の外を眺めていたカルマに、リュークが聞き返してくる。
「気に入ったも何も…こんな良い部屋、本当にいいんですか?」
「はい。もちろんです」
笑みを浮かべると、リュークは部屋のスイッチをいくつかいじりながら、空調と呼ばれる設備や、フロントへの呼び出しができる直通の通信装置などの説明をし始めた。
「おわかりいただけましたか?」
「な…なんとか」
「それでは、何かありましたら遠慮なくお呼び出しください。それと、そろそろ夕食の時間ですが、1階の中庭にラウンジがありますし、ほかにもバーや定食屋なども有りますのでそちらを利用ください」
言い終わると、一礼して部屋から出ていく。
見たこともない設備に、話の半分もわからなかったが、通信装置の使い方だけは覚えた。何かあれば来てもらえば良いだろう。まぁ、さっきの受付でのやりとりを見ているとそうそう呼び出してもいられないだろうが。
運んでもらった荷物をベットの横に置き、羽織っていた上着も脱いで洋服かけにかけた。
ソファに腰掛けて一息つくと、テーブルの上に備え付けられていたポットを傾ける。紅茶の方が好きだったカルマは、中に入っていたのがコーヒーだったことに少しがっかりしたが、そこまで贅沢をいってはいられない。だいいち相手は自分の好みのことなど知らないはずなのだ。
それでもコーヒーはかなりの味だった。備え付けの物にしておくにはもったいないくらいだった。
「おおっ、こりゃぁいいベッドだぜ、カルマ」
ふと横を見るとベットの上でごろんと横になり必要以上にくつろいでいるアルフレッドが目に入った。
体を沈みこませるやわらかそうなベットは疲れた体に気持ちよさそうだ。
「アルフ…上着ぐらい脱げよ」
まったく気にもとめていないのだろう。面倒くさそうに上着を脱ぎ捨てると、ベットの横に投げ捨てた。
「汚れても知らないぞ…」
2杯目のコーヒーに砂糖を入れながら、カルマそれとなく注意した。
部屋は綺麗に掃除されている。放り投げておいたところで汚れるはずがなかった。
「あ〜。すげ〜いい気分。実は海に揺られっぱなしでうんざりしてたんだけどよ。これなら来て良かったって思えるぜぇ」
うつぶせに体を横たえてこれ以上ないくらいにゆったりとくつろいでいる。
これから夜だというのに、今にも寝てしまいそうな勢いだった。
「アルフ、寝るなよ? いや、別に寝てもいいけど、俺そろそろ食事にいくよ?」
空になったカップをもとあった位置に戻し、上着を手に取らずに、ドアまで行く。
館のあった所とは違い、ここはかなり暖かい。日は落ちたとはいえ上着は大げさすぎた。
「待てよ。俺も行くぜ」
ベットから起きあがりふわりと浮かび上がると、カルマの後ろに音もなく移動してきた。
「……人前では飛ぶなよ?」
「わかってるって。俺はそんなに間抜けじゃネェよ」
足が地面に着いてることをちらりと確認すると、カルマはドアノブをまわした。
 

 


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